布石と収束点ーPart1ー

「布石をどうやって打てば良いか分からない」
というのは、誰もが思うことかと思います。

布石をまともに教える人は少ないですし、その一部の人にしてもその内容は部分や戦術的なところが多いのが実情でしょう。

今回からのこのシリーズでは、布石がどういうものなのかを一つ一つお話ししていき、身につければ応用が利くようなレベルまでのお話をしていきます。

今回のPart1では、これからお話しする内容の前提のお話に触れていきます。

布石におけるリスク管理

「布石には正解はない」

囲碁関連の言葉は、整理されておらず不要な言葉が淘汰されていないのが現状ですが、個人的に一番嫌いな言葉の一つです。

この言葉の一般的な解釈は、

「どこに打っても一局なのだから、どこに打っても不正解ではないし、それが最善かどうかも分からない」

といったところでしょう。

でも、多くの人は「だからどこに打ってもよい」と手放しで断崖絶壁からダイビングしたがる(もしくはさせたがる)んですね。

そして、上手くいかなかった手を指して、「この手は悪手だったね」と言うわけです。

矛盾してますよね。

ぶっちゃけ、ふざけんな!

としか言い様がありません。

以前、書評で伏線回収のお話をしました。

大橋拓文著『囲碁AI時代の新布石法』を読了したので、レビューを掲載します。 本書は、2017年7月31...

伏線回収には2種類の方法があります。

一つは、前もって用意する手法。もう一つは後から伏線化する手法です。

今回紹介する布石のお話で用いるのは、主に後者の手法です。

実際、囲碁で多用されるのが伏線化の手法だからです。

どこに打っても「どうにかなる」わけではありません。

「どうにかなる」ように(後から)伏線を配置し直しているだけです。

当たり前のことですが、理に適わないことをやれば、必ずリスクが大きくなります。より複雑で、より危険性の高い手を選び続けることになります。

リスクの高い行為(理を無視した手)とリスクの低い行為(理に適った手)を同等と見なすことは愚であると断定すべき事柄でしょう。

後から使えない手法

囲碁には置碁というハンデをつける方法があります。

置碁で学んでいると、一隅を捨てる手法を考慮する人がいます。

しかし、これは置き石に依存して、置き石のメリットを捨てている手法なのです。

それに加えて、後々を見ていない手法です。

同様のことを互先で行おうとすれば、明らかに非効率的な展開に持ち込まれます。本例の場合、白は上辺から左上隅の空間だけなのに対し、黒はそれ以外の三隅を占めていますし、左下に先行した白一子の働きがかなり減退しています。

まあ、上の記述を論拠としても良いのですが、応用が利きづらくやや曖昧な点があります。なので、正確なお話に関してはPart2以降の内容から考えてみてください(ここでは割愛します)。

上述の例のように、置碁のときは使えたけど、互先では使えないというパターンは非常に勿体ないです。

置碁と互先で別々に考慮しなくてはならないわけです。

それぞれで別のことを学ぶとなれば、置碁が互先の練習にはならないわけですから、二度手間をかけることになってしまいます。そんなものを最初から学ぶ必要性は一切ないと言えるでしょう。

布石の影響範囲

では、布石とはなんぞや?というお話からしていきたいと思います。

布石と言われると、下図の局面のような隅や辺を大体打ち切った形のことをイメージされる方が多いかと思います。

例えば右辺から右上にかけて。白地はほぼ確定で打ち込みを行う展開はやや無謀と言えるでしょう。黒はまだ隙がある形で、白からはなにかしらの打ち込みが飛んでくる可能性が高いと言えます。

例えば、左下から下辺にかけて。左下には黒から三々に打ち込む手が残っていますが、下辺の黒も幅が広く打ち込みが残っている格好です。

一気に書いてしまいましたが、現時点では内容は気にしなくて良いです。

おさえて欲しいのは、この時点で中盤の手が決まりつつある、という点です。

つまり、このイメージ図(下側の面積がそれぞれの要素の割合)のように……

序盤(布石)、中盤、終盤(ヨセ)のように区分けされますが、

実際は序盤(布石)の影響は中盤でもかなり大きな要素を決めてしまうのです。

だから、中盤になってから「自分の地が増えない」とか「攻める石がない」とか言い始めたところで、時既に遅しとしか言い様がないのです。

そんな段階で嘆いたところで意味がないのです。

ということで、今回のまとめは……。

最後に出したこの図ですね。

布石は決して序盤だけのものではない。一局を作る土台となる舞台なのです。

今回のシリーズで扱う内容は、全ての屋台骨と言っても過言ではありません。きっちりくみ上げていきましょう。