書評『よくわかる囲碁AI大全』―知性限界と人の物語―

大橋拓文著『よくわかる囲碁AI大全』を読了しましたので、書評および考察を以下に記述します。

一言で言うなら、

叡智が集まった傑作」と言ったところでしょうか。

多解釈性を内包した優れた専門書だったと感じました。

いくつかの章をピックアップして見ていきたいと思います。

第1章では囲碁AIのもたらした具体的な手法について触れています。

星への即三々入りや妖刀定石の簡明策が有名な代表例でしょう。

本章のポイントはなんといっても、過去の類似形についても触れている点です。

多くの者が知る有名な例を一つあげるなら、やはり呉清源氏が提唱していたシマリへの肩ツキとツケの組み合わせです。

※p63より引用

過去にこの手法が主流になり得なかった一因は、呉清源氏以外の人がこれを上手く解釈できなかったことにあると私は思います。

AIの影響があろうとなかろうと、盛衰事例はいくらでもあります。

例えばこの定石形。

白はこの瞬間カケツギを打つ手とカタツギを打つ手の2種類があります。

最初前者のみだったところだが、黒1,5の2子を制する手が発見されて、後者により一時期前者が淘汰されたことがありました。

しかし、この2子取りの価値より左辺のヒラキの価値が高くみる見方も出てきて、前者が復活しました。

要は「比較できないものを比較」した結果、衰退と隆盛を辿っており、

これは囲碁AIの影響の有無は無関係に起こっていることです。

第3章~第5章では、囲碁AIが関わる棋譜について具体的に触れています。

各棋譜に関して、最後にポイントの局面について触れているところに非常に好感が持てます。


中盤の一場面で、多くの棋士が不思議がったところです。白1,5は意味が分かりますが、このタイミングで白3と打ったのはなぜでしょうか?私の場合、このような呼吸はなんとなく好きですが、この理由を言葉で説明する術を持ちません。囲碁AIは進歩するにつれ、このような手を多く打つでしょう。これからは、囲碁AIの手を人間なりに解釈していくことが必要だと思われます。※p.141より引用

一例を挙げてみました。これは第3章の一番最初のまとめですが、ここでは感覚的要素と理論的要素の両方の要素を取り上げています。

これが本書に多面性をもたらしているポイントだと私は思っています。

ここで一つ難点を上げるなら、この2要素が組み合わさっていない点が非常に残念です。

第2章では、囲碁AIのこれまでの経緯とこれからについて触れています。

一般書的な趣が強い章です。

ここでは囲碁の真理のお話に言及します。

※p123より引用

「囲碁の真理」に対して、人の見方は上図のように変化しました。

そして、大橋氏は「人間が到達できなかった囲碁の真理を囲碁AIを使って探求する」ことを期待していると述べています。

※p123より引用

本書を読んで私が感じたのは、本当に「囲碁の真理」なるものは存在するのか?という疑問です。

例えば、1章。AIの新手と類似の手は過去にいくつも存在していることが示されました。

例えば、3章。人が感覚的に納得できるものさえ、言葉にすることができてないことが例示されています。

人間はまだ「分かっている部分でさえマトモに解釈できていない(説明できていない)」のではないでしょうか。

有り体に、露骨に言うならば、囲碁を打つ人間に「知性がない」だけでしょう。

話が少しずれますが……、

コンピュータ囲碁、コンピュータ将棋の出現により「評価値」という言葉をよく耳にするようになりました。

評価値を元に、手の良し悪しを一つ一つ判断するのはどうか、と考える方はいると思います。

時間をかければ、それなりのものができるかもしれません。

しかし、その評価値は絶対的に正しいものとは限りません。

囲碁AIの成長の度により良い評価値になったら、以前の評価値を利用して出した結論は全て破棄することになります。

複数の囲碁AIの評価値を利用したとしたら、結局その結果を統合して判断するのは「人の知性」です。

もしこのような使い方をするのであれば、過程(理屈)を説明してくれず、結果だけを示すAIの存在は、碁の理解を狭めるのではないか、と思います。

そういえばこんなお話もありますね。

「囲碁を打つ人間」は「頭が良い」

本当でしょうか?

本書の内容を読む限り、とてもそうは思えません。

私はこれは所詮相関関係に過ぎず、因果関係ではないと思います。

むしろ、「頭が良いからこそ囲碁をよく理解できる」という逆の因果関係ではないかと私は推察します。

なので、頭を良くするために囲碁を教えるなんて以ての外です。

※なお、相関関係や因果関係の意味が分からない人はこちらの本を読んでください。

試し読みはこちら→https://healthpolicyhealthecon.com/2017/12/02/causal-inference-book/

さて、お話を戻しましょう。

AIの出現により、必要とされる「人の知性」はより高度なものとなってきています。

より高度な「知性」を得るには、高度な「知性」に触れ続けることが一番だと思います。

囲碁に関して、一科学者として一つ提案するならば…….、

ネット上に集合知のサイトを作るべきだと思います。

テーマ図に対し、複数の人間が解釈を書き込み、それをテーマ図の提案者がまとめる、といった感じでしょうか。

論文投稿を複数人で実行できる環境を作るイメージです。

囲碁の多様な解釈性を考慮すれば、メンバーを限定することは不利益につながるでしょう。

もし作者が亡くなったら、本当の意図が分からないという状況はなくすためにも、各人の解釈一つ一つを残すべきでしょう。

囲碁AIを本気で利用するならば、せめてこの程度はやらないと、

人間はただ「すごいねー」って発言する傍観者になり果てるでしょう。

それもそれで一つの「人の物語」だとは思いますが……。

マンガ「ヒカルの碁」にて「神の一手」なるものが存在しました。

囲碁を打つ人間の多くは、このマンガを読了済みであり、この言葉に囚われているのではないかと思います。

そういったフィクションに囚われて、雲を掴むようでは話になりません。

『よくわかる囲碁AI大全』は非常によくまとまっており、現状の人の位置がよくわかる一冊だったと思います。

本書を通じて、囲碁AIに関心を持つもよし、人の碁に関心を持つも良しです。

どちらも人の高度な「知性」が求められていることには違いありません。

そして、人が現在の「知性限界」を超えて、過去に類を見ない「人の物語」を私は信じて、この書評を皆様に提示します。(了)

なお、姉妹本である『囲碁AI時代の新布石法』の書評はこちらになります。

大橋拓文著『囲碁AI時代の新布石法』を読了したので、レビューを掲載します。 本書は、2017年7月31...

(追記)2018年7月の新刊『アルファ碁Teach完全ガイド』の書評はこちら↓

『究極の囲碁上達ツール アルファ碁Teach完全ガイド』を読了したので、その書評を掲載します。 本書は2018年07月...